橋口五葉(1881-1921)は鹿児島市の生まれ。19歳で上京、白馬会研究所を経て東京美術学校西洋画本科に入学。はやくから応用芸術に対する興味を示し、『我が輩は猫である』に始まる数々の装幀やポスターなど、まずは装飾美術界でその才を発揮した。艶麗な女性美に傾倒する五葉はその後浮世絵研究へと向かい、やがて彫師・摺師を従えての版画制作にたどりつく。そして〈髪梳ける女〉に代表される貴石のごとき13点の版画と多くの未完作品を残し、41歳の若さで世を去った。
〈浴場の女〉は1915年に下絵の制作がなされ、版画としての完成は翌年と考えられている。版元渡辺庄三郎による、いわゆる新版画運動の記念すべき第一作であるとともに、五葉の大判版画の初作でもある。
当時としては大胆な、全裸の浴女を描く本作は残念ながら五葉の気に入るところとならず、この後彼は渡辺のもとを離れて私家版での制作に入ることになる。なるほど浴場にひざまずく女体はやや手足が長く、ポーズもぎこちなく、後年の作品に見られる艶やかさに乏しい。しかしながらその硬さが、逆に強い表現力となって画面を引き締めている。モデルの張りつめた、怒ったような表情に、版画に対する画家の並々ならぬ意欲が感じられる作品である。 |