歌川国芳の晩年の門人、月岡芳年(1839-92)は、明治を代表する浮世絵師として知られる。歴史画をよくした菊池容斎にも学び、豊富な歴史主題をこなし、また役者絵、美人画にも個性的な筆を揮った。時に残酷で生々しい芳年の表現は、衝撃的でさえある。
芳年は、明治6年(1873)、重い神経病から再起して「一魁斎」から「大蘇」の号を用いるようになった。本図には、「應需芳年畫」の署名と、その「大蘇」の印章が刷り込まれている。
芳年に役者絵は少ないが、晩年の明治23年に発表した5枚の大判三枚続は特筆される。そのうちの3枚「雪月花」シリーズの1枚が本図である。版元は秋山武右衛門、彫師は和田勇次郎。いずれも上演に即したものではなく、版元に依頼された企画物と思われる。背景は物語絵的に処理され、役者の上半身を鮮やかに際立たせた迫真性は高く評価されてよいであろう。
役者は九代目市川団十郎。毛剃九右衛門は「博多小女郎波枕」等に登場する海賊の大親分である。漆黒の中に満月と異装の毛剃だけを浮かび上がらせた着想が秀逸である。
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