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日本西洋婦人束髪図会

日本西洋婦人束髪図会

青木コレクション(寄託)

分 類:版画
制作年:明治18年(1885)頃
技 法:大判錦絵
寸 法:36.0x25.5㎝

 明治時代に入ると、男性はマゲを落として断髪にする者も多くなってきた。しかし女性の場合は見苦しいとされ、明治5年(1872)には東京府が告諭で禁止し、江戸時代に引続き日本髪の時代が続いた。明治16年に鹿鳴館が建設されると、ようやく女性にも洋装が認められるようになったのをきっかけとして、明治18年には、野口英世の手を治した医師渡辺鼎(かなえ)と東京経済雑誌記者石川暎作という2人の男が「婦人束髪会」を提唱した。
 従来の日本髪はまめに洗髪をすることもなく不潔であり、油をつけ髪の中に物を入れたり、キツく縛ったりするので血行も悪くなり、健康上有害である。結髪代もばかにならない上、髪を直すのにも時間を浪費する、ということで洋風のより簡便な髪型を推奨したのである。新しい髪形の例として、西洋上げ巻、西洋下げ巻、いぎりす結び、まがれいと(糸)などの洋風束髪が手本になり、浮世絵にも盛んに描かれた。たちまちのうちに束髪は全国に広まったが、一方でかんざしや櫛の主材料であったべっ甲や珊瑚が大暴落、髪結いの失業も多く出たようである。