橋口五葉は本名清、鹿児島市の生まれ。18歳で上京、はじめ日本画を学ぶがまもなく洋画に転じ、白馬会溜池研究所を経て東京美術学校に進む。在学中から油絵よりも図案に才を発揮、夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』の装幀や三越呉服店のポスターで名をなした。大正3年(1914)頃から浮世絵研究に没頭、7年以降私家版木版を手がけてようやく己の道を見いだすも、40歳を前に急逝した。

《髪梳ける女》は他の作品でもモデルをつとめた小平とみを描く。五葉はロセッティの描く女性の首から肩の線を好んだといい、本図もロセッティ《レディ・リリス》からの影響が指摘されるが、ここで五葉は影響源に引きずられることなく己の揺るぎない美意識で懐柔し、伝統木版の彫りと摺りとで自然に消化している。その無垢な表情は、むしろ五葉が鈴木春信の美質として語った言葉―「おだやかで苦しみも知らない、うぶな感じのする女」を想起させる。彼が試行錯誤の果てに形にした理想の女性像といえよう。