天保2年頃起筆されたこのシリーズは、霊峰富士に対する庶民の信仰心に支えられて、大変人気を呼んだらしい。さらに当時輸入された藍色、いわゆる“ベロ”(ベロ藍、ベロリン藍=プルシャンブルー)を積極的に用いて「藍摺」とした色彩感覚も注目される。主版を藍で摺った36図が出版された後、主版が墨摺の、俗に「裏富士」とも呼ばれる10図が追加されている。

ダイナミックな波のうねりに圧倒(あっとう)される刺激的(しげきてき)な作品として、世界的に有名な作品である。豪快に立ち上がる波の飛沫(ひまつ)は、まるで生き物のようである一方で、翻弄(ほんろう)される小船に乗る漕(こ)ぎ手たちは、人形のように動きを硬直(こうちょく)させており、大きく雄大なはずの富士山も、波の下に小さく存在感を抑えた姿で描かれている。動と静の対比が印象的な北斎の代表作である。