1.(8階展示室1)

「ANIMALS(アニマルズ)」

三沢厚彦は、2000年に等身大の動物の姿を樟で彫る「ANIMALS」のシリーズをスタートします。「ANIMALS」では、丸太から形をチェーンソーで削り出していき、大きな動物の場合は、樟を組み合わせる「寄木造り」の方法が採られます。その後、輪郭を墨などで描き、鑿を使って彫り進められ、最後に油絵具で着彩され完成します。また、彫刻の制作と並行して行われるドローイングも、重要な役目を果たしています。人間の想像力への関心から、動物たちに対し私たちが抱くイメージを、立体と平面の双方から探究し生み出される「ANIMALS」の造形は、それぞれがオリジナリティに溢れています。

展覧会の会場に入り、第1室で来場者を迎えるのは白いライオンです。瞳には、緑と青という別の色が塗られており、まるで草原や空の色が瞳に映り込んでいるようです。「ANIMALS」の動物たちは、彫刻として私たちの目の前に確かにありながら、現実とは別の世界から現れたような不思議な存在感を放ち、佇んでいます。

2.(8階展示室1)

彫刻と空間の関係―ヴァイブレーション・グルーブ・ベクトル

全国の美術館でこれまで開催され、各地で好評を博してきた「ANIMALS」は、展覧会ごとに作品の置かれる条件が異なることが特徴です。「常に空間と作品同士との関係性によって導き出される」と作家が語るように、彫刻の声に耳を傾け、一番「しっくりくる」場所に置かれることで、作品は初めて「完成」を迎えます。現実の世界に存在する動物たちが、多様な自然環境の中で暮らしているように、「ANIMALS」の動物たちも館内において、自身の居場所を見つけ、「棲む」といえるかもしれません。

彫刻作品は、本来は動かないものですが、三沢は動物の合目的的な形態から、「ANIMALS」の作品それぞれの形が個別の「方向性」を持っていると考えます。創作のインスピレーションを、音楽からも受けてきた三沢は、「ヴァイブレーション(振動)」や「グルーブ」、「ベクトル」といった独自の造形言語を駆使し、空間を震わせ、伝わっていく音や波のようなものとして彫刻を捉え、展示空間への関係付けを図っていくのです。

3. (8階展示室3)

樟(クスノキ)

京都市に生まれた三沢は、幼い頃から家族に連れられ、京都や奈良を巡り、寺社や仏像に親しみました。小学生の頃にはすでに、「彫刻家になる」と卒業アルバムに将来の夢を書き記した三沢は、東京藝術大学および同大学院で彫刻を学びます。卒業制作では、木彫による馬と裸婦像を制作しています。世紀の節目となる2000年に40歳を迎え、「木を彫りたい」という思いから新たに始められた「ANIMALS」では、1990年代に使用した海岸での漂流物や日用品などと異なり、単一の素材としての樟が選ばれました。

三沢は、樟を使う理由に、木の硬さや彫り味が良いことを挙げています。日本の彫刻の歴史において、香木である樟は古来より信仰の対象とされ、飛鳥時代には仏像の制作に用いられています。時空を越えたコミュニケーションを、彫刻の可能性と捉える三沢は、自身の「ANIMALS」にも「飛鳥の香り」がすると語っています。

4.(8階展示室3)

クマ(熊)の「リアリティ」

私たちは、クマ(熊)にどのようなイメージを持っているのでしょうか。人間と会話し、童話やアニメに登場する愛すべきキャラクターとしてのクマ。あるいは、どう猛さと屈強な体、鋭い爪を持ち、時に害獣とされる野生の動物。人間にとって、クマほど相反する想像を喚起させる動物も、珍しいかもしれません。視覚に基づいた写実性に拠らず、動物に対して人間が持つ本物らしさとしての「リアリティ」を追求してきた三沢にとって、多様性に満ちた様々なイメージを生み出してきたクマは、最も関心を寄せる動物であり、自身の分身でもあるといいます。

人間と動物の長く続いてきた営みを紐解いていくと、北米での「スピリット・ベア」や、アイヌの「イオマンテ」の儀礼など、伝承の数々からはクマが神聖な対象として扱われてきたことがわかります。「ANIMALS」は、異なる世界にいる動物をどう認識し、人間社会と自然がどのように関係を結んできたか(あるいは結んでこなかったか)、人間の歴史を遡りながら、問いかけているようです。

5. (7階ロビー)

台座と棚

ANIMALS」から10年ほど遡った1990年代前半、東京藝術大学で助手を務めていた30代の三沢は、多数の部分を組み合わせる「アッサンブラージュ」の手法によって、新たな造形を模索していきます。斜線制限など、建築上の法的規制が設計に反映された千葉市美術館の建物との類似から、本展の展示作品に選ばれた《White Room》(1991年)では、トルソ(人体の胴部)や首像の他に、家、鳥カゴといった様々な断片としての要素が台座に置かれ、あるいは部屋状の内部に収められました。当時の作家のノートからも、通常は作品を置くための台座に、三沢が造形的な可能性を探っていたことがわかります。

また、この時期を未来の見通せない「灰色の時間」だったと述懐する三沢は、アトリエに籠り、段ボールなどの身近な素材を繰り返し使用し、無数の平面と立体作品を制作しています。この時期の代表作と知られる、過去のアーティストたちへのオマージュである「彫刻家の棚」シリーズ(1993年)では、「棚」への着目によって、自身の身体を通した美術の再構築に挑んでいます。

6. (7階展示室8)

「コロイドトンプ」と「アッサンブラージュ」

三沢は1994年からの約6年間、「コロイドトンプ」シリーズに着手しています。1992年に神奈川県に移り住み、活動の拠点とした三沢は、台風が過ぎ去ったある日、近くの海岸に流れ着いた流木に偶然出会います。その「生気が抜けたような美しさ」に魅かれた三沢は、海岸で拾った流木や廃材などの漂流物や、玩具や空箱といった様々な日用品を無数に組み合わせ、数々の彫刻作品を制作していきます。

「コロイドトンプ」という作品名は、「コロイド(Koloido)」と「トンプ(Tonp)」という2つの語(音)を組み合わせた作家による造語です。「コロイド(Colloid)」は、粒子が一定の空間に分散している状態も指しますが、おびただしい数の素材を集積させる力によって、まだ見ぬ彫刻の「全体像」や「核となる部分」を現出させようとする若き彫刻家の意志が感じられます。「コロイドトンプ」のシリーズに用いられた、「ウマグマ」、「ヒトウマ」という作品名にもまた、台座(ウマ)とクマ、人とウマという異質なもの同士を時に記号的に等価な対象として扱い、それらを繋ぐネットワークとしての性質が潜んでいます。

展示室では、三沢が1995年の個展時に展示会場で流した自作の音源を、本展を機にカセットテープよりデジタル化し、作品と音楽が響き合う当時の展示空間を再現しています。

7. (7階展示室7)

「中庭部屋」

ANIMALS」では、作品の設置にあたり、動物たちがまるで意志を持ったかのように、空間に生き生きと「棲む」ことが重視されています。時に作家の意図を超える、そのような流動的な関係性に対する三沢の造形思考は、自然と繋がり、生命を感じさせる木という自然物を扱うこととも関係があるようです。

三沢によって、「中庭部屋」と名付けられたこの展示スペースは、作家が滞在制作をする場所として構想されました。この部屋では、会期中に新作の制作や自身の作品の補修、ライブなど、様々な計画がされています。「中庭」は、建築家の大谷幸夫が、戦後の経済発展の最中、都市計画での住居の設計において、最も重視したものです。そこには、機能を追求するあまり、人々の暮らし自体をなおざりにしてしまった、当時の建築中心主義に対する大谷の内省が見受けられます。この大谷の思想に、三沢は時代を越え、強い感銘を受けました。中庭としての空間を展示室に作ることで、三沢は来場者や作品をはじめとする様々な「他者」を招き入れ、「シンクロニシティ」による新たな関係を創出し、展覧会に生を吹き込もうとします。

シロサイの次に、15点で構成される「Strut」シリーズは、コロナ禍の2020年の作品です。過度な外出が制限された時期に、アトリエで集中して制作され、鮮やかな色彩が目を引く同シリーズは、花を生ける行為への気付きが端緒となっています。建築物を思わせるそれらには、外部に存在する自然を集めるという1990年代の作品に実践された方法論との類似が認められ、キメラを始め以後に描かれる絵画には、背景などに多数の色彩が用いられていくことになりました。

8. (7階展示室6)

コレクションとのコラボレーション セイレーン

千葉市美術館では、「近世から近代の日本絵画・版画」、「1945年以降の現代美術」、「千葉市を中心とした房総ゆかりの作品」の3つの収集方針により、10,000点を超える作品を収蔵しています。三沢は美術館のコレクションの中から、版画家の長谷川潔(18911980)の版画作品を選び、《水浴の少女と魚》(1925年)とのコラボレーションによって、本展だけの特別な空間を作り上げました。

第一次世界大戦後に渡欧した長谷川は、フランスで銅版画を研究しながら、裸婦像や風景画を制作しています。黒と白を基調とする同作も、その時期の一点です。複数の水泡のようなものに包まれた女性の横には、泳ぐ魚が見られますが、三沢は、この作品から人と魚が合わさった「セイレーン」を連想し、土を素材に制作しました。実は、長谷川もまた1920年代前半に、セイレーンやケンタウロスといったギリシャ神話を主題とする版画を制作しています。生命の起源を水に見出し、神秘主義への傾倒から、「シンボル(象徴)」としての水を作品に用いた長谷川の自然観は、自然物を素材とする三沢の造形思考とも通じるものといえます。

9. (7階展示室5)

キメラと「多次元」

三沢は、現実に存在する動物だけでなく、ユニコーンやペガサス、フェニックス、麒麟といった空想上の動物をモチーフとし、数々の彫刻作品を生み出してきました。本展では、2020年に制作された四つ脚のキメラをさらに展開し、最新作となる二本脚で立ち上がるキメラを初公開します。また、7.83Hzという人間の可聴域外の低周波を、空間にパルス音として浸透していく「S.W.O」(「Schumann Wave Oscillator」の略)シリーズを展示します。

ギリシャ神話に登場するキメラは、ライオンの頭や翼、蛇の尻尾という複数の動物が組み合わされた架空の生物ですが、これまでにみられた人間の想像力に対する三沢の関心は、現在において、そのような異質な生が共存する状態にこそあるようです。1990年代より、無数の物質を集積させ、新たな彫刻の可能性を探求してきた作家にとって、キメラもまた動物の混成体であり、建築物や都市、人間社会の別の姿でもあるようです。

本展において、展覧会名に使用されている「多次元」も、このような問題系から導き出されました。三沢の彫刻に共通する物質/イメージのアッサンブラージュは、それぞれの異質な時間と空間が結合し、混然一体となる出来事といえます。かつて、彫刻という制度そのものが疑われた時代に、「形態あるもの全て」に彫刻となる要素を感じ取り、再構築に挑んだ三沢にとって、彫刻とは主体を超えて、「他者」としての物質がもたらす複数の時間と空間を統べる特別な力を秘めているのです。