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朝顔美人図

鳥文斎 栄之
チョウブンサイ エイシ
Chobunsai Eishi

朝顔美人図

分 類:肉筆
制作年:寛政7年(1795)
技 法:絹本着色 1幅
寸 法:91.8x34.8cm

 鳥文斎栄之は、旗本出身の浮世絵師で、寛政~文化期(1789~1818)に美人画の分野で活躍した。寛政中期には喜多川歌麿に拮抗するほど優れた版画作品を制作して人気を得ていたが、寛政末期には肉筆画制作に専念しており、現在見ることのできる作品は、ほとんどがそれ以降のものである。本図は、栄之の肉筆画として早期に属するというばかりでなく、「乙卯初秋 栄之圖」と寛政7年に描かれたということが明記される貴重な作例で、「華映」という朱文円印も、栄之の肉筆画の中では早期の作品に使用例が多い。寛政7年といえば、栄之は版画作品において自ら考案したともいえる遊女の座姿全身像を盛んに描いていた時期にあたり、ここにも得意の美人像が表わされている。
 朝を過ぎれば枯れてしまう花を存分に楽しもうというのか、舟形の釣花生けには、蔓をたっぷりととって野趣ある風情で朝顔が生けられている。現在では季節の早まった感があるが、朝顔は初秋の花で、団扇を持ち座す遊女は、残暑から逃れて涼んでいるのであろう。落款によれば栄之がこの図を描いたのも初秋のことであり、まさに画中の季節感を共有していたものと思われる。朝顔や夕顔が、季節の中のある一時を表現するために重要で便剰なモティーフであったことも注目されよう。
 樋口信孝卿(1599〜1658)がしたためたという短冊には、「我ならて した紐とくな 朝顔の タかけまたぬ 花にハ有とも」とある。この朝顔と遊女の図の趣に沿う歌として、風流な人物が後に貼り付けたものであろう。本図は、勝川春章らの浮世絵美人画を愛好したことでも知られる平戸藩主松浦家に伝わったものであり、あるいは実際当時の藩主が愛蔵し、自ら短冊の趣向を思い付いたものかもしれない。